日本でタトゥー、刺青がダメな理由は?

なぜ刺青がダメなのか トレンド

175Rのボーカルがタトゥーについて見解⇒プチ炎上

ロックバンド「175R」のボーカル、SHOGO(39)が19日、自身のツイッターを更新。刺青(タトゥー)についての見解を示し、反響を呼んでいる。

SHOGOは「コメンテーターが刺青(タトゥー)が入ってる人がいる飲食店には行かないようにするのが大事だと話していたが時代遅れもいいとこ」と私見。「これから日本で五輪が開催されるんだよ?世界中の人々が日本にやってくる」と2020年の東京五輪の開催に触れ、「他国じゃ警察官だってタトゥー入ってるのに。凶悪事件=タトゥーはやめてほしいな」とつづった。

この投稿に「海外ではホワイトカラーの人でも気にしないでタトゥー入れてますよね!」「ホントにその通りです!!タトゥー入ってるから、怖い人、なんかしそう!みたいな考え捨てて欲しいですよね」などと同調する意見がある一方、「一般社会で会社員勤めの人がタトゥー入れてるやつなんてほとんどいないからね」「時代遅れじゃないよ 刺青しないのは日本人の良いところだと思う」「海外と日本を一緒にしてる事自体おかしいと思うけどな」といった批判的な意見など、さまざまな声が寄せられている。

スポニチアネックス

日本ではタトゥーについて反対意見が多い

 

「外国では普通のこと」「刺青あるから悪い人とは限らない」

一方で刺青への世間の嫌悪感に対して、疑問の声も。

東京オリンピックを控えて、刺青入浴可の施設も増えている

「海外ではファッションとしてスポーツ選手や警察官でもしているから、刺青に関する日本人の不寛容はおかしい。」

「オリンピック前に刺青をいれた外国のかたがこれから多数来日するのだから、刺青があることを理由に温泉に入れないなんてことでは日本が国際社会から失望されてしまう。」

という声もよく目にします。

Tatoo Friendlyというサイトのようにタトゥーが入っていても入浴可の施設を紹介するサイトもあることからもわかるように、東京オリンピックを前に解禁する入浴施設も増えてきています。

日本の歴史における刺青

日本の歴史の中でも刺青は大衆文化となっていた時代もあれば、政府によって禁じられた時代もあるようです。

「大衆文化の世界では、イレズミを入れた侠客が「弱きを助け、強きを挫(くじ)く」理想像として浮世絵に描かれるようになった。やがて、それは憧れの対象となり、19世紀前半には、浮世絵師の歌川国芳(くによし)が中国の小説『水滸伝』の主人公たちの全身にイレズミを描き、大評判となる。さらに、歌川国貞(くにさだ)などが、今度は歌舞伎役者にイレズミを描きこんだ浮世絵を発表して人気を博した。この流れは実際の歌舞伎にも影響し、「白波五人男」(1862年)などの演目で、イレズミ模様の肌襦袢を着用した役者が主役級の役を演じるようになる。こうした浮世絵や歌舞伎の刺激もあって、元々拡大の一途にあったイレズミの施術範囲は、さらに全身へと拡大していったのだ。」

「明治政府は、欧米から見た日本の未開部分として問題視し、明治5(1872)年、彫師(ほりし)と客になることの双方を法的に規制した。そして、20世紀初めには、常に衣服を着ることが社会的に定着したこともあり、イレズミは着衣の奥深くに秘められたものとなっていく。逆説的だが、この取り締まりの時代に「イレズミは隠してこそ、精神的にも美しく深みを持つ」との考えがより強まった可能性があると追記しておく。

ところで、女性たちのイレズミが習慣としてあった沖縄やアイヌでも深刻な影響を受けた。イレズミを隠れて行う人もいたが、警察に逮捕され、野蛮で遅れたものとして手術や塩酸などで除去された。今では、これらの地域の先祖伝来であったイレズミの習慣は、完全に途絶えてしまっている。」

日本の入れ墨、その歴史

自分の子どもに「刺青を入れたい」って相談されたら・・・親なら何と言って止めるべき?

以下から私の個人的な見解。子どもにもしも刺青を入れたいと相談されたら何でダメなのか説明できるようにしておきたいと思い、ちょっと考えてみました。

刺青に関する日本人の不寛容さは確かに世界的な視点で見れば疑問を持たれる側面もあるかもしれません。

「刺青=悪人」というが偏見だというのもその通りだと思います。

だからといって「海外では普通のことだから、日本ももっと寛容であるべきだ!」というのは私は絶対違うと思います。

「郷に入っては郷に従え」っていうのももちろんあるのですが、むしろ刺青に対してネガティブな印象を受ける日本的な感覚について、もっと胸を張って世界に伝えてもいいとすら思います。

もしも海外で「どうだ俺のタトゥーイカしてるだろ?」って見せつけられて聞かれたら、「日本で刺青なんて見せたら誰からも目も合わせてもらえないよ。」と堂々と言えばいいんです。

「嫌なものは嫌。怖いものは怖い。」

日本人がネガティブなイメージをもつ理由のほとんどは「嫌なものは嫌、怖いものは怖いから」そんな感じだと思います。理屈ではなく、ただただ「嫌だ。怖い。」

「理由もないのに反対される筋合いはない!個人の自由だ!」ということであればそれまでですが、そういう主張をされる方は一般的な社会生活を送ることは刺青の有無に関係なくとても難しいと思います。

芸能人が刺青を入れてるのは、ある意味で彼らが普通を捨てた「極道」に生きているから成り立っていると思います。芸能人としてやっていくという「覚悟」をもっているからです。売れっ子になれば街を歩くだけで騒ぎになってしまうので変装して歩くことになります。プライベートなんてなくなります。それでもその仕事を続けていきたいという覚悟があるはずです。

だから刺青を見ると見た人は「我々とは何か違う、、、なにかしらの「覚悟」のある人だ。」という印象を受けるのだと思います。

日本では不便な思いをすることを承知で刺青を入れたあとから「普通だと思われたい、普通に扱われたい」「何が嫌なの?海外では普通だよ?」というのは他人に求めすぎだし、ちょっと自己中心的すぎ。

「場をわきまえられなくなる」だから中途半端な覚悟で刺青を入れてはいけない。

他人からどう見られるというのは、「個人の自由」で済まされないことも多々あります。

たとえば自分の趣味だからとみんなが喪服で参列する葬式に、真っ白なタキシードを着てきたら多くの人が不愉快に感じるはずです。いい大人が他人にどう思われるかよりも自分のしたいことを優先する姿勢は社会性があるとはいえません。

「場をわきまえる」ということは日常生活する中であらゆる場面で求められます。

服なら着替えることができます。しかし刺青は着替えることができません。

二度と場をわきまえられなくなってしまうのです。

私はこれが刺青を入れてはいけない一番の理由だと考えます。

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